弁理士試験・論文式試験の難しさとは?
弁理士試験の論文式試験は、なぜ「難しい」といわれるのでしょうか。
一般的には、
- 覚えなければならないことが多い
- 答案を書くのが難しい
- 時間が足りない
- 短答を突破したライバルたちが優秀すぎる
……といった理由が挙げられるでしょう。
もちろん、どれも間違いではありません。条文、趣旨、判例、事例問題の処理パターンなど、覚えるべきことは多くあります。限られた時間の中で答案を構成し、文章として書き上げる力も必要です。また、論文の点数は偏差値なので、その年の短答の合格者数や合格率によって母集団の学習レベル、試験の難易度、受験生の面構えが違うこともあります。
しかし、論すぺでは、論文式試験の難しさをもう少し違った角度から考えています。
論文式試験で本当に難しいのは、「知識を覚えること」よりも、問題に応じて必要な知識を適切に取り出し、限られた時間の中で答案につなげることではないか。
ここから考えると、論文対策として鍛えるべきものも少し違って見えてきます。
そもそも、論文式試験とはどんな試験なのか
弁理士試験の論文式試験は、原則として、その場でゼロから答えを創造する試験ではありません。
答案を構成する材料を大きく分ければ、次の3つです。
- 法文集に書いてあるもの(条文・要件など)
- 問題文に書いてあるもの(設問・事実関係など)
- これまでの学習でインプットしてきたもの(趣旨・判例・解釈など)
本試験では、問題文を読み、
- 「この問題なら、この条文」
- 「この事実があるなら、この論点」
- 「ここでは、この判例」
- 「この問い方なら、この要件」
と、必要なものを選び出し、組み合わせて答案にします。
少し乱暴にいえば、問題文から「何を出すべきか」を判断し、これまで蓄積してきた知識の中から「はい、これ」と差し出す試験ともいえます。
もちろん、答案作成にあたっては一定の練習を要する作業があります。自分で気づかなかった誤解や悪いクセを、添削で指摘してもらう必要もあるでしょう。しかし、その前に「何を書くべきなのか」が分からなければ、そもそも点になる答案を書くことができません。
論文式試験の失敗は、大きく2つ
このように考えると、論文式試験で答案を書けなかった原因は、大きく2つに整理できます。
① 何を書くべきかは分かったが、時間内に書き切れなかった
② そもそも、何を書くべきかを正しく判断できなかった
もちろん、実際の失敗にはさまざまな形があります。しかし、「なぜ点になる答案を書けなかったのか」というところまで遡れば、多くはこのどちらかに整理できるのではないでしょうか。
そして、論すぺが特に注目しているのは、この2つを「答案を書く前のトレーニング」から改善できないかという点です。
① 時間切れで書けなかった
論文式試験には時間制限があります。
そのため、必要なことが分かっていても、法文集を探したり、思い出したり、答案構成に迷ったりしているうちに時間がなくなれば、答案にはできません。
ここで重要になるのが、必要な知識へのアクセス速度です。
たとえば、論点に気付くたびに「根拠条文は何条だったか」と法文集を一から探していたら、それだけで時間が溶けてしまい、間に合わなくなります。
だからこそ、条文番号を覚えることには意味があります。
ただし、その目的は法文集を使わなくすることではありません。むしろ逆。
法文集を素早く使うために、「何条に、何があるのか」という脳内インデックスを作っておくのです。
法文集は、紙の地図と少し似ています。
どれだけ詳しい地図を持っていても、今現在、自分がどこにいて、どこへ向かいたいのか分からなければ、うまく使うことができません。
法文集も、「この問題なら、この制度」「その根拠はこの辺り」と見当がついて初めて、必要な情報へ素早くたどり着くための強力な道具になります。
そして、法文集を使いこなせるようになることには、もうひとつメリットがあります。
覚える量を減らすことができます。
法上の要件の多くは、条文そのものに書かれています。
それなら、一言一句をすべて暗記するのではなく、「どこに書いてあるか」「どう読むのか」「答案で、設問に合わせてどう引用するのか」を心得ておき、正確な文言は法文集を見て書く……というやり方で良いわけです。
目指すべきなのは、法文集をすべて頭の中にコピーすることではありません。
何を記憶し、何を法文集に委ねるかを適切に切り分けること。
条文、趣旨、判例、要件などを必要なときに素早く取り出せるようにすることは、単なる暗記ではなく、答案を書くための時間を確保することにもつながります。
② 題意を取れなかった
もうひとつは、そもそも問題が受験生に何を問うているのかを正しく把握できなかった場合です。
- 必要な論点を書けなかった。
- 問われてもいない論点を延々と書いてしまった。
- 問題文に重要な事実が示されていたのに、その意味に気付かなかった。
これらは一見違う失敗ですが、いずれも、「この問題では何を書くべきか」を正しく判断できなかったという点では共通しています。
そして、この「題意を取る力」は、必ずしも知識量と正比例しません。
「論点を理解する力」と「論点を発見する力」は違う
多くの受験用の教材では、学習しやすいように知識が整理されています。
「○○の場合の補正」「○○と先使用権」「○○の場合の権利行使」といった見出しの下に、条文、趣旨、論点などが整理されていることも珍しくありません。
これは知識をインプットするうえでは非常に便利です。
しかし、ここにはちょっとした逆説があります。
よく整理された優れた教材を使えば使うほど、「論点を発見する」訓練を行う機会は減ってしまうのです。
教材では最初から、「いまから、この論点を勉強します」と教えてもらえます。
しかし、本試験の問題文に論点名は書いてありません。
事例を読み、「なぜ、この事実がわざわざ書かれているのか」「この事情から、どの制度を疑うべきなのか」「この設問は、何を書かせようとしているのか」と、自分で発見する必要があります。
つまり、「○○という論点について説明できること」と、「何も見出しのない問題文から、○○の論点だと気付けること」は、別の能力なのです。
知識を持っているのに過去問になると書けない、解説を読めば「知っていたのに」と思う――。
こうした現象の一部は、知識不足ではなく、問題文から、持っている知識へたどり着けなかったことによって起こります。
論すぺでは、この「問題文から何を読み取るか」という能力についても、答案作成とは切り分けて鍛える余地があると考えています。
「書けなかった」からといって、書く練習だけが答えとは限らない
もちろん、論文式試験である以上、答案を書く練習は必要です。答案構成、あてはめ、時間配分、文章表現などは、実際に書かなければ鍛えにくいといえます。
しかし、「答案が書けなかった」=「答案を書く練習が足りなかった」とは限りません。
時間切れになったのであれば、その原因は、条文を探すのに時間がかかりすぎたことかもしれません。
題意を外したのであれば、論点を知らなかったのではなく、問題文からその論点に気付けなかったのかもしれません。
それなら、完成答案をもう一本書く前に、もっと直接的に鍛えられることがあります。
- 条文番号と内容を結びつける。
- 趣旨や判例を、問われたときにすぐ取り出せるようにする。
- 問題文の事実から、使うべき論点や条文を発見する。
こうした、答案を書くまでの途中の能力を切り出して反復するという考え方です。
論すぺの「書かない論文対策」
論すぺが目指しているのは、答案練習を不要にすることではありません。
答案を書く前に鍛えられる能力を、答案を書く前に鍛えておくこと。
これが「書かない論文対策」の基本的な考え方です。
たとえば、条文番号INDEXでは、
条文番号 ⇄ 条文の内容
この両者を素早く結びつけ、「何条に、何があるのか」という脳内インデックスを作ります。
趣旨、判例、要件などについても、単に一度覚えるだけでなく、必要なときに取り出せる知識へ変えていきます。
さらに、問題文を読んで、
問題文 → 論点・制度 → 根拠条文……とたどり着く力も鍛えていく。
これらはすべて、最終的には、
①時間切れで書けない
②題意を取れず、点になることを書けない
という二つの失敗を減らすためのトレーニングです。
しかも、条文番号と内容を結びつけるような訓練であれば、短答式試験の学習中から始めることができます。
短答問題を解く際にも、「これは何条について問われているのか」が見えやすくなるため、短答対策と論文対策を完全に分断する必要もありません。
繰り返しになりますが……、論文式試験に合格するためには、最終的には答案を書く必要があります。
しかし、その前に、
- 素早く必要な材料を集められること。
- 問題文から、答案用紙に何を書くべきかを正しく判断できること。
この二つを鍛えておけば、のちのち行う答案練習も「何を書けばいいか分からない状態で、とにかく書いてみる練習」ではなくなります。
論文を書く前に、やるべき論文対策がある。
論すぺは、そこから論文式試験の学習を考えます。